「旅の目的地としての灯台が創る未来」報告
(主催:日本海洋文化総合研究所)
序論:旅する人を照らす灯台
2025年10月20日、東京・半蔵門のTOKYO FMホールにて、「海と灯台学カンファレンス2025 ― 旅の目的地としての灯台が創る未来」が開催された。本カンファレンスは、日本財団が推進する「海と灯台プロジェクト」の一環として、日本海洋文化総合研究所が企画・運営を担い、海洋文化や地域観光、遺産学など多様な分野の研究者・実践者が一堂に会したものである。
本年度のテーマは、灯台を単なる航路標識や文化遺産としてではなく、人と海をつなぐ新たなツーリズムの拠点として捉え直すことである。画一的な観光開発が進む中で、灯台という場所に「旅の目的地」としての意味を見出すことは、地域の物語や風景に新たな価値を吹き込む契機となり得る。
開会に先立ち、ファシリテータの池ノ上真一氏(日本海洋文化総合研究所)から趣旨説明が行われた。池ノ上氏は、灯台を「海と人の関係を象徴するシンボル」と位置づけた上で、今回の主題である「旅」や「観光」には、“発地と着地”、“ホストとゲスト”という二つの視点があると指摘した。海へ出る者を送り出す灯台、そして遠くから来訪する者を迎え入れる灯台。そこには、いくつもの出会いや別れ、海を介した人の往還の営みが存在していた。

氏はまた、昨年度の研究テーマ「なぜ灯台はそこにあるのか」を振り返り、灯台の地理的・歴史的文脈における分析を通じて、人々が海とどのように関わり、暮らしや文化を形づくってきたのかが明らかになったと述べた。その上で本年度は、灯台の「存在理由」から一歩進め、現代及び未来の人々が訪れ、体験する「新たな価値創出」へと焦点を移すとした。
本カンファレンスでは、三つのセッションを通じて、灯台を「旅」や「観光」と結びつけながら、人と海、そして地域を結ぶ関係のあり方を探る。
第1セッション:灯台観光が開く地域の未来
第1セッションは、観光を通じた地域活性化の第一線で活躍する山田拓氏(株式会社美ら地球)によるインスピレーショントークで幕を開けた。「クールな田舎をプロデュースする」というテーマのもと、地域資源の再編集と観光の可能性について語った。

山田氏が手がける「SATOYAMA EXPERIENCE」は、2010年に岐阜県飛騨古川で立ち上げた観光事業である。それは、参加者が「暮らしを旅する」ように里山をめぐるサイクリングツアーから始まった。およそ9割の利用者が海外からの観光客で、古川の自然や生活文化を体験的に理解できる観光スタイルとして注目を集めてきた。
さらに10周年を迎えた2020年には、飛騨古川で2軒の物件を取得し、分散型ホテル事業を開始。地域の飲食課題にも対応するため「シェフ・イン・レジデンス」を導入し、宿泊・食・遊びを一体化した滞在体験を提供している。
「観光産業は地域の持続を目的とすべきである」と山田氏は語る。地域が自立的に発展していくためには、観光を通じて地域内部に価値と好循環を生み出す仕組みづくりが欠かせない。こうした取り組みを続けてきた同事業は、UN Tourism(世界観光機関)から、地域社会に利益をもたらすサステナブルツーリズムとして表彰された。
また山田氏は、「非日常」ではなく、日常から少し離れたもう一つの日常・「異日常」を見せることが、自分たちの役割だと強調する。それは、他者の暮らしを通して、自分の視点が変わる体験だ。実際、訪日客の多くは日本を知ることで、自国を見つめ直している。
田んぼの風景を目の当たりにし、寿司や日本酒が生まれる土壌を知ると、知識が実感に変わる。そうした体験こそ、旅の醍醐味だ。山田氏は、切り分けられた個別の要素ではなく、それらを結んで生まれる「トータル価値」に、観光の本質があると述べた。点と点がつながることで、より深い理解や感動が生まれるのだ。
同じ視点を灯台に当てはめれば、個別の観光資源としてではなく、その背景や歴史、地域とのつながりまで含めた総合的な視点を持つことで、灯台観光の新たな価値を発見できるのではないだろうか。
海から見つめる日本列島― ディスカッションより
続くディスカッションには、池ノ上氏、波房克典氏(株式会社ワールドエッグス)が参加し、灯台をめぐる観光の意義を多角的に検討した。

山田氏の発表を受け、波房氏は「観光の中心には熱源のような人を惹きつけるものがある。その熱の正体は実は“人”なのではないか」と述べ、観光の原点を人と人との関わりに見出した。池ノ上氏もまた、山田氏の実践に触れながら「地域住民の理解や協力を丁寧に得ていく姿勢に共感する」とし、観光業の持続には地域社会の連携が不可欠であることを強調した。
山田氏は、観光客を地元の一般家庭の食卓へ案内するサービスが人気を博していると紹介。観光地でありながら、地元住民と観光客の接点が乏しい現状に風穴を開ける試みである。こうした活動の背景には、地域住民に価値をもたらすツーリズムを構築し、「人が動く理由をつくる」という明確な理念がある。
また波房氏は、旅の本質を「行く前と行った後の心の変化」と位置づけ、自身が灯台に魅了された経験を例に挙げ、未知のものを知っていく高揚感こそが旅をする原動力だと語る。

議論はやがて、日本人と海の心理的距離感へと展開した。山田氏は、海には観光資源としての大きな潜在力があるが、多くの地域ではそれが十分に評価されていないと語る。たとえば、船から山を見るという視点は、自動車や鉄道が主流となった現代において新鮮に映る。波房氏も、1950年以前には日本人の移動の半数以上を占めていた海上交通が、いまやわずか数%にまで減少していることを挙げ、人々の意識から海が失われつつある現状を指摘した。氏は「海から日本を見つめ直すなら、灯台は重要なランドマークとなる」と述べ、灯台を巡る旅は、日本を楽しく学び直す契機になると強調した。
池ノ上氏は、海外の先進事例としてコペンハーゲンの取り組みを紹介。かつては他の工業都市と同じく、車の往来が激しかった同市は、自転車を生活の中心に据えた街へと変貌を遂げてきた。現在は、水辺が市街地に接する地理的条件を活かし、水路・運河でカヤックを利用できるサービスが提供されている。中でも水路の清掃活動などと組み合わせた「グリーンカヤック」は、環境活動と体験型の観光を融合させた好例だ。

話題が日本の地形や文化に向かうと、池ノ上氏は「日本列島は山と海が極めて近く、古くからその間で人々が交流してきた」と述べ、大陸とは異なる日本独自の海洋観に言及した。こうした地形の特性は、沿岸の自然や海にまつわる民話を育む背景ともなった。また、そうした民話の多くは土着の自然信仰と深く結びついている。山田氏は、そこから浮かび上がる日本の独自性をヒントに、灯台を軸として、人と海を結ぶ新たな物語が生まれることに期待を寄せた。
どんな旅も、その中心にあるのは、“人”である。そして、人の心は旅を通じて変化する。灯台観光は、海上から日本列島を見つめ直し、現代人が忘れかけている海とのつながりを呼び覚まそうとしている。
ライター 佐藤真生