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日本海洋文化総合研究所

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未来に語り継ぐ海の物語:海ノ民話学共同研究会レポート・第2セッション

第2セッション「海ノ民話を次代に伝えるために―地域の文化財としての海ノ民話」

第2セッションでは、海ノ民話を「地域の文化財」としてどのように捉え、未来へと手渡していくのかをめぐり、実践と研究の両面から議論が行われた。

冒頭、民俗学・口承文芸学を専門とする飯倉氏(國學院大學)は、民俗学における民話の基本的な整理から話を始めた。民話は「昔話」「伝説」「世間話」に大別され、フィクションとして語られるものから、特定の場所や史実と結びつくものまで、異なる形態を含む。

これらはいずれも、証拠を必要としない「語り」であり、形をもたない点に特徴がある。人の記憶の中で生き続ける一方、現在の文化財制度では評価されにくい。さらに、語りの担い手がボランティアに支えられている現状や、担い手の高齢化といった課題も共有され、海ノ民話を未来へ伝える難しさが示された。

こうした問題提起を踏まえ、観光実践と遺産研究それぞれの立場から、伊阿弥さおり氏(船橋市観光協会)、山川志典氏(地域遺産リサーチセンター代表研究員)両名の発表が行われた。

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民話を地域の力に変える

Webライターであり、船橋市観光協会のSNS担当を務める伊阿弥さおり氏は、船橋市を舞台とする海ノ民話『雪どけ塚の白ヘビ』のアニメ化をめぐる広報・発信の取り組みを紹介した。

海沿いの町がたくさんある千葉県の中で、船橋市がアニメーションの題材に選ばれたことに驚きつつも、この機会を逃すまいと思った伊阿弥氏は、アニメ化決定の段階から公式サイトやX、YouTubeの動向を継続的に把握し、水面下でWeb戦略の準備を進めていった。アニメーションのお披露目会当日は、市の広報課・文化課の動きを踏まえ、関係者への挨拶や情報収集に注力し、公開後は、公式サイトやSNS、地元メディア、キャンペーンなど複数の導線を組み合わせた情報発信を展開した。その結果、『雪どけ塚の白ヘビ』は公開より一ヶ月でYouTube再生数1,000回を超え、以後半年で4,700回再生されるほどの反響を得た。一方で、行政をどのように巻き込むかが今後の検討事項として共有された。

また氏は、船橋市民の多くが、民話の存在自体を知らない現状にも触れた。民話を身近に感じる機会の少なさが、認知拡大の壁になっているのだ。一方で、学校でアニメを視聴した子どもたちは民話をよく覚えており、家庭で話題にしたり、関連商品に興味を示したりする様子も見られ、動画メディアと小学生との親和性の高さが、実感を伴って語られた。

今後の展開としては、感想文の宿題化や表彰企画、県内の民話を横断的に紹介するイベントなど、視聴者との距離を縮める試みが提案された。地域ごとの多様な民話に触れることで、出身地を介した関心の広がりも期待できるという。伊阿弥氏は、民話を遺していくためには「大勢を巻き込むこと」が重要であると強調した。自治体広報や教育委員会、地域メディアなどが連携し、その関係を継続させるための動機づけが不可欠なのだ。

さらに、インバウンドとの関係にも話は広がった。千葉県では訪日教育旅行が多く行われており、海ノ民話アニメを活用することで、海外の学生が民話を題材に学習や交流を行う可能性がある。これを受け、飯倉氏は、行政は前例があることで動きやすくなると助言し、他地域の成功事例を可視化する重要性を補足した。また、民話とインバウンドの親和性は、歴史的経緯からも明らかであるとして、海外で広く読まれた「ちりめん本」の日本民話シリーズや、その担い手の一人であった小泉八雲の存在を挙げ、民話の国際的可能性を位置づけた。

文化遺産活用と民話の位置づけ

民俗学・文化遺産学を専門とする山川志典氏は、文化遺産をめぐる考え方の変化を踏まえながら、民話を地域社会の中でどう位置づけるかを論じた。

近年、文化遺産をめぐる考え方は、「いかに活用するか」に注目が集まっている。文化観光推進法の施行や文化財保護法の改正など、文化と観光、地域振興を結びつける施策が整えられてきた。文化庁による「日本遺産」も文化遺産の活用に関する取り組みで、そこでは個々の文化財をつなぐストーリーが重視される。これは、新たな文化財活用の可能性を持つものの、安易な物語化への懸念も指摘された。また、このような流れの一方で、岩手県遠野市の遠野遺産認定制度のように、地域にとって大切な文化を住民が関わりながら遺産として認定する動きがあることも触れられた。

民話はその可変性ゆえに、原則として指定等文化財の対象とはなりにくい。特定の「正しい形」を定めることが難しく、行政が物語の由来にお墨付きを与えることには慎重さが求められるからだ。ただし、民話が史実か否かに関わらず、人々の「そうであってほしい」という思いが、地域の歴史として語り継がれてきた点には意味がある。

近年では、災害伝承や妖怪伝説が防災意識の啓発に活用される例も見られ、民話は実践的な役割を担う可能性も示している。ただし、そこにおいても、史実を歪める可能性、先人の意図を一義的に決めつけてしまう危険性は常に意識されなければならない。

山川氏は、民話を世代を超えて人と人をつなぎ、地域を知るための「プラットフォーム」として捉える視点の重要性を強調した。文化遺産活用の時代において、民話は変化し続けながら地域とともに生きる存在であり、その変化をいかに受け止め、活かしていくかが問われている。

体験から考える民話継承

文化財の活用は、しばしば観光や地域活性化と結びつき、経済的成果への期待やプレッシャーも伴う。飯倉氏は、現代の観光キーワードとして「アニメの聖地巡礼」などを挙げつつ、ストーリーを認定し、面的に展開する手法自体は昭和初期から行われてきたと語った。例として挙げられた桃太郎伝説は、観光効果を生む一方で、地域ごとの語りの違いを見えにくくする側面もあったという。「ストーリーを一つに収斂させることは、多様性を封殺する可能性もある」という指摘は、現在の日本遺産の孕む問題とも重なる。

議論は、民話が次世代にどう届くかという問いにも及んだ。伊阿弥氏は、再生数などの「数字」が子どもたちの関心を引く入口になると述べ、民話アニメをきっかけに子どもたちが自ら調べ、フィールドワークに発展した事例を紹介した。また、子どもたちの可処分時間が限られる中で、どういった仕掛けが有効かという問いに対しては、民話の続きを創作する表彰企画などのアイデアが出された。

さらに、日本遺産はストーリー性を重視する一方で「体験価値づくり」は十分とは言えないという指摘もあった。四国遍路を、「空海がつくった壮大なスタンプラリー」と捉え、体験設計の巧みさを評価する波房氏は、語りを知識として伝えるだけでなく、身体を動かし、参加する仕組みがあってこそ、文化は人の記憶に残ると述べた。

本セッションを通して、民話を未来へ遺すための手がかりが浮かび上がった。語りの多様性を損なわず、体験を通じて民話に触れる機会をつくることで、民話は世代を超えて人から人へとつながれていくのだ。