※本記事は、ジャーナル掲載記事の背景を紹介する取材記録です。
2025年10月、私はワニを求めて中国地方に向かっていた。
ちなみに、ここでいう「ワニ」とは「サメ」のことだ。
過去10年近く中国地方で暮らしていた私にとって、今回の取材は久々の訪問だった。
ここに来るたび、時間がゆっくりと流れているように感じる。おそらく、たいていの地方都市は望まずともこの称号を与えられがちだが、私としては中国地方に一票を投じたい。
広島県三次市──ワニを食べたまち
そんなふうに凱旋気分に浸りながら移動した最初の目的地は、広島県三次(みよし)市。
三次市の立地を知らない人は地図アプリで確認してもらいたいのだが、中国地方のど真ん中を指差すと、おそらくそこに三次市がある。
それゆえ、空港や主要駅からはそこそこ遠いのだが、この日ばかりは、向かう先にワニ料理が待っていると思うと、レンタカーのハンドルを握る手つきも軽やかだった。
期待に胸を膨らませながら、はじめに訪れたのは広島県立歴史民俗資料館。
三次市周辺は中国地方の中でも有数の古墳の密集地として知られ、約4,000基が存在するという。資料館には充実した標本が並ぶ展示室だけでなく、古墳を眺めながら散策できる「風土記の丘」もある。
そんな見どころ満載の歴史を差し置いて、ワニの話ばかり持ち出す異質なライターにも、現地の学芸員さんは丁寧に資料を使って説明してくださった。

そしてお昼時、いよいよワニ料理を提供する飲食店へ向かう。
お店に入ると、丼ものからハンバーガー、餃子など、ワニの名を冠した多国籍なメニューがずらりと並んでいた。
せっかく来た三次。できることなら全メニューを味わいたいところだったが、定番の刺身をチョイス。自分の胃袋の小ささを少しだけ呪った。
ワニの刺身については、事前に少し調べていた。かつては「臭い魚」と評されていたらしい。
万が一、臭くてもそれはそれで記事のいいネタになるかな、と思いながら待っていたものの、その心配は無用だったようだ。
提供されたのは、淡い紅の斑がにじんだ白身の刺身。
口に運ぶと、少しねっとりとした食感とともに、甘みもある。文句なしに美味しい魚で、黙って出されたらワニだと気づく自信はない。
刺身を堪能していると、店主から「アカワニも食べるか」との声が。
骨の周囲の赤い身をそう呼ぶらしく、迷わず注文した。赤みがかった身は塩で食べると、レバーを思わせるような旨味があった。

お腹を満たしたあとは、特別に厨房の中も見せていただいた。
先ほど食べたワニが板場に鎮座しており、ブロック状にカットされているところだった。
この日のワニは小型の部類だそうだが、それでも他の魚とは一線を画すような威圧感を放っていた。

さて、美味しいワニを食べられたことだし、そろそろ帰路につこう──と言いたいところだが、それでは今回の記事がただのグルメレポになってしまう。
ワニが登場する物語を遡ると、「因幡の白兎」でも有名な『古事記』に行き着くのだ。
詳しくは、2026年春発行予定の『海ノ民話学ジャーナル』をご覧いただきたい。
鳥取県鳥取市──ワニを描いたまち
三次市から島根県を経由して向かったのは、鳥取県鳥取市。
最初に訪れたのは、「因幡の白兎」の舞台ともいわれる白兎海岸。
この日は天気もよく、サーフィンに興じたり、浜辺を散策したりする人の姿が多く見受けられた。
沖合に見える淤岐ノ島は、ワニに見立てられているらしい。
正直、普段の私だったら「全然ワニじゃない」と一蹴していたかもしれないが、この日ばかりはワニに関して全肯定。これは確かにワニだ。

美しい海の景色に気持ちを整えたあと、向かったのは鳥取県立青谷かみじち史跡公園。
この地で栄えた青谷上寺地遺跡は、港湾に位置していたことから、日本海を行き来する人々が集い、交易が盛んな集落だったらしい。
ここでは、弥生時代に遡る、考古資料に描かれたワニの絵について、貴重な資料を見せていただきながらお話を伺った。
館内は、有料の重要文化財棟と、無料のガイダンス棟に分かれている。2024年3月に開園したばかりの綺麗な施設なので、ドライブついでにふらっと立ち寄るのもおすすめだ。

この企画を立ち上げた当初、ワニから始まって、ここまで時代を遡る物語が存在するとは思いもしなかった。
私の文章では、『海ノ民話学ジャーナル』内でそのストーリーの価値や面白さを十分に伝えきれなかったかもしれない。
だからこそ、もし少しでも興味を持っていただけたのなら、ぜひ現地に足を運び、ワニの資料を見て、学び、味わい、楽しんでほしい。
コミュニケーター養成プログラム受講生 R.I.