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日本海洋文化総合研究所

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世界の読み方を変える旅──取材体験記その8

※本記事は、ジャーナル掲載記事の背景を紹介する取材記録です。

地学を学んで楽しいことの一つが、自然や風景が「きれい」だけではなく、「この形すごいな、どうやってできたんだろ」と思えることだ。つまり人とは違う楽しみ方ができる。秋田の民話『黒神と赤神の戦い』もそのような目で見た。地学的視点で民話の世界を楽しむべく、秋田と青森へ旅立った。

1日目青森:津軽海峡越しの北海道

青森上空にいたときから目を奪われたのは、岩木山だ。なんという堂々たる佇まい。実はテーマに選んだ民話にも少しだけ登場する。今回のジャーナルでは紹介できなかったが、赤神と黒神の戦いを見守る神々が、岩木山の上で騒いだために、山の片側がつぶれてしまったという話だ。確かに、凹んでいる。

(飛行機から見える岩木山)

昼に到着した龍飛岬は平日のためかそれほど人もいない。その日は天気もよく、展望台からは、津軽海峡越しに北海道が見えた。

津軽海峡は民話のクライマックスの舞台でもある。ある理由で黒神が大きなため息をつくのだが、そのため息の大きさゆえに、北海道が青森から離れてしまう。津軽海峡はそうやってできるのだ。なんというスケール。北海道を動かすほどのやるせなさ。

もちろん実際はため息で津軽海峡ができたわけではない。しかし、こうして岬に立つと、そんなこともあるかもしれないと思う。うっすらと見える北海道の距離が、人にとっては遠いが、神にとっては近そうな距離なのだ。神ならばこれくらいの距離を動かせるのではないかと。

(龍飛岬展望台からの眺め。奥に見えるのが北海道)

ちなみにここで食べたマグロのから揚げは絶品だった。マグロは刺身が一番だという価値観がひっくり返った。ふわっふわのあっつあつのマグロからにじみ出る旨味。だれかと分かち合いたいほどうまい。

2日目の秋田:地学好きにはたまらない男鹿半島

今回、男鹿半島・大潟ジオパーク推進協議会の皆様と秋田大学名誉教授の林先生には大変お世話になった。専門家の地学の知識を取り入れたいと考え、男鹿市役所の一室で、私が投げかけた疑問に答えていただいた。

ジオパークの更新時期で忙しい時に、合間を縫ってご対応いただいた。本当に感謝しかない。そしてジオパーク更新おめでとうございます。

取材の中では数々の面白い話があったのだが、文字数の関係上ほとんど削らざるを得なかった。本当に残念だ。しかし、林先生の著書を読んでいただければ全く問題ないので、ぜひ読んでほしい。秋田の曲げわっぱが大昔からあったという話などは、衝撃だった。

林 信太郎:秋田の火山学者・林信太郎先生が語る 地球の不思議、秋田魁新報社、2024年

話を取材に戻すと、民話のモチーフになっているあの岩はここではないか、この湖はこうやってできた、といったことを話すのは、知的好奇心を大いにくすぐられた。

多くの知識を得て、男鹿半島地学的名所巡りへと出発した。

男鹿半島一帯は本当に地学的見どころの宝庫だ。本当に困った。一日では回り切れない。だが全てみたい。

(男鹿半島の海岸沿いの道路。走っていて気持ちがいい)

裏の話をすると、実は一番肝心のある岩が、正面からは見ることができなかった。なぜなら正面からは、海からしか見ることができない。そして取材前月に遊覧船が終了してしまっていたのだ。だが、これを見ずして取材となろうか。記事を書けるのか。いや、書く資格はない。

とにかく、その岩がある“舞台島の下”を見ようと試みた。舞台島が見える駐車場に行くと、舞台のような岩は、確かに見えたが、見たいものが見えない。これではだめだ。

とにかく近くの他の展望駐車場に片っ端から止まって、海岸線を眺めまわした。そしてようやく、見つけた。正面からではないが、あれしかないだろう。あの岩が見えた。どんな岩かはジャーナルで確認してほしい。

どこで見ることができたかは、ここには書かない。本ジャーナルにも書いていない。刊行されたジャーナルを読み、いろいろな本を読んで勉強し、本当に興味が沸いたら是非探してみてほしい。そして遊覧船から舞台島を見てほしい。

(中央の岩が、黄昏時の舞台島。陸からの眺めも趣がある。)

もうほとんど日が暮れてきている中、赤神神社にも行った。同じ赤神でも民話とは直接的にはつながりがないが、知識はいくらあっても困らない。夕方の薄暗い森の中の神社は本当に怖かった。

有名な石段を登っていくと、上から薄着のおじいさんがきて、「ここを過ぎたらもうすぐだよ。でももうすぐ暗くなるから気を付けてね」と言われたときは、昔話の世界に入り込んでしまったのかと思ったほど、雰囲気があった。

(赤神神社 五社堂。写真は明るいが、実際は暗く雰囲気があった)

3日目の再び青森:万歳、十和田湖

取材によって印象が全く変わってしまったのが、十和田湖だ。林先生に十和田湖の詳しい話を聞き、この話を誰かに伝えたいと思った。十和田湖の誕生は、すさまじいものなのだ。詳細はジャーナルに書いた。メインの話ではないのに、ボリュームが大きくなってしまい、本当に予想外な内容になった。

そもそも十和田湖は面白い形をしている。私には、万歳をしている人に見えるのだ。本物をみたい。その一心で、最終日に秋田県と青森県の県境まで車を走らせた。

十和田湖はその沿岸にいくつか展望台がある。とりあえず最初にたどり着いた展望台で、十和田湖の基本情報など確認し、湖を眺めた。きれいだ。だが、少し遠い。そして展望台の位置が低いため、全貌が見えない。つまり万歳の形が確認できない。一番高い展望台は、ちょうど湖の反対側にある。

ひとまず下り坂を下りきって、湖に近い駐車場に車を止める。目の前に広がる湖は本当に穏やかだった。本当にこの下に、あんな秘密があるのだろうかと疑ってしまうほど、穏やかだった。

(目の前に広がる十和田湖。きれいだけど、万歳は見えない)

満足して車に戻ると、重大な間違いを犯していたことに気づいた。ガソリンがない。周囲にガソリンスタンドはない。湖から離れないとない。飛行機の時間も考慮すると、行って戻ってくることはできない。必死にあとどれくらい走れるかを計算した。

本当に悩んだ。一番高い所から湖を見たからといって、いい記事が書けるわけではない。ここで車が動かなくなったら大変なことになる。そんなリスクを背負ってまで行くところではないはずだ。
だけど、悔しかった。ここまで来て、見なくていいのか。記事のためじゃない。自分が納得できるかじゃないのか。

意を決して一番高い展望台を目指す。燃料ランプとにらめっこしながらなんとか展望台までたどり着いた。

確かに十和田湖は万歳をしていた。それは自然が造った芸術だ。この形を造った地学的現象は、奇跡だ。

背伸びをしてこの“形”を撮ろうとしたが、満足いくものは撮れなかった。やはり本物を見ないとこれはわからない。行ってよかった。

この取材でわかったのは、知っているのと知らないのとでは、見えるものが違うということと、やっぱり体験することの大切さだ。
今の時代、遠すぎて行けない絶景も、インターネットで、綺麗な動画で見ることもできる。でも、実物を見ると、やっぱり違う。便利な時代になったからこそ、本物を見に行くべきだと、実感した。そしてその感動を伝えたい。皆に知ってほしいと、心から感じた。

コミュニケーター養成プログラム受講生 T.M.