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日本海洋文化総合研究所

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灯台の物語に組み込まれて──取材体験記その7

※本記事は、ジャーナル掲載記事の背景を紹介する取材記録です。

旅と灯台

北海道の内陸部で生まれた私にとって、灯台は物語の舞台やモチーフとして登場するものであって、決して身近な存在ではなかった。

この度、貴重な機会をいただき、山口県下関市にある角島灯台を目指すこととなった。同灯台の重要文化財指定に関わった下関市教育委員会の髙月さんに、灯台と地域をめぐるお話を伺うことも目的のひとつだ。灯台が紡ぐ無数の物語の片隅に自分も加わることができる、またとないチャンスだった。

旅の魅力のひとつは移動にあると思う。目的地でのあれこれも楽しいけれど、道中のしょうもないやりとりが忘れられないことがよくある。今回の出張も私にとっては新たな世界への冒険の旅だった。その移動中に起きた、瑣末だけど心に残っている出来事について記したい。

文字通り“見たことのない海峡”

今回は福岡空港から山口県に入り、下関市に向かう計画だ。空港から高速バスと路線バスを乗り継いで、まずは髙月さんにお話を伺うべく、下関市立考古博物館を目指した。

高速バスから窓いっぱいに広がった関門海峡は紛れもなくこの旅のハイライトで、眼前の圧倒的な海の道を眺めながら、ここに暮らす人はきっと自分とは思考のセンスが違うだろうなとぼんやり思った。

(バス車内からの関門海峡。あの時の感動は写せなかった)

取材後はJR下関駅に移動して、駅前のアーケードを歩いた。

(好)
(非常に好)

自分好みの雰囲気ある道に高揚していたら、野良猫がするりと前を横切り、振り返ってこちらを見た。よそ者だと感づかれたのだ。一瞥して立ち去る後ろ姿が格好良かったので、あわてて撮影した。正体がばれてしまったので、私は少し清々しい気持ちで周辺を闊歩した。その後フグをしっかり食べた。

(立ち去る猫様)

角島灯台へ

翌朝はしっとりした早朝の空気の中、JRで角島灯台に近づいていった。灯台への道のりは決して便利なものではない。特に車を運転しない私には難易度が高い。

JRの車窓の景色は石垣が続いていた。ふと見ると小さな蟹がそこを登っていた。北海道から来たというのに、蟹の姿にかなり衝撃を受けて少し腰を浮かして目を凝らした。確かに小さな蟹だった。彼らはアリのように石を登っていた。

景色はすぐ流れた。朝早く出発したので、登校する高校生たちが数名乗っていた。彼らは音楽を聴くか、眠そうに目を閉じていた。きっといつもと同じ朝の景色だから。雪がちらつく朝に心を動かさない私と同じだ。その事実に心が動いた。

いよいよ角島灯台の手前までやってきた。本州と角島を結ぶ角島大橋は圧巻の一言で、その場に立たないと味わえないスケールの大きさがある。

(自転車で橋を渡る人たちがとても心地良さそうだった。)
(角島に渡ったところにある味わい深い地図)

角島灯台は国内に16基ある「登れる灯台」のひとつだ。塔内には螺旋階段が続き、最後の数段は梯子になっていた。登れる。確かに登れるけど普通に怖い。毎日数回、この往復をこなしてきた灯台守の方々に思いを馳せた。

(帰り道から見た角島灯台。無塗装の美しさ。)

続く移動と旅の終わり

角島灯台からの帰り道、バス停まで30〜40分歩き、バス停で30〜40分待った。石垣に腰掛け、近くで寝ている猫を眺めていたら小雨が降ってきた。猫はそこで寝たままだった。私もその場を動かなかった。小雨はすぐ上がって、強い日差しが私たちを照らして、私はすごく贅沢な時間を過ごした。

(開放的なバス停)
(バス待ちに付き合ってくれた猫様)

そのバスに乗ってたどり着いた駅は完全に無人だった。人の気配は残されていたが、本当にここにJRが来るのか不安だった。

(この際ネコバスでもいいから来てほしいと願った)

ベンチに座ってみても落ち着かず、決して広くない駅内をうろうろした。正直なことを言うと私はかなりトイレに行きたかったのだ。駅内にはお手洗いマークはなく、仕方がないのでそのままの勢いで外に出た。そこにあったのは私の人生史上3位の試練系トイレだった。(ちなみに栄えある1位はタイの都市間バス内のトイレ。2位は北京の北京ダック屋さんのトイレ)ちなみに限界だったので、きちんと利用した。

(私史上3位)

小倉から博多までの新幹線の速さ、博多から福岡空港までの地下鉄のアクセスの良さには感動すら覚え、北海道の交通事情について思いを巡らせるなどした。

移動中の私はいつでもGoogleマップの言いなりで、たまにこの技術を使えなかった頃の惨めな気持ちを思い出す。調べたはずなのに、行きたい場所にたどり着けない。海の上で進むべき道を見失った時、人はどんなに不安で恐ろしいだろう。

私が旅をして灯台に登り、移動を繰り返してまた戻っていったこと。角島灯台を目指した人々が灯台とともに無数に編んできた、物語の一部に組み込まれたことが嬉しい。

ライター M.N.