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日本海洋文化総合研究所

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未来に語り継ぐ海の物語:海ノ民話学共同研究会レポート・第1セッション

人口減少と地域衰退が進む現代日本において、沿岸地域に蓄積されてきた文化的記憶をどのように未来へと引き継ぐかは重要な課題である。こうした問題意識のもと、2025年12月26日、海洋文化総合研究所主催の共同研究会が開催された。本研究会では、全国各地の海ノ民話を対象に、それらが内包するナラティブの特質と現代的意義について、学際的な議論が行われた。

「海ノ民話のまちプロジェクト」は、海にまつわる民話をアニメーションとして制作・発信し、地域資源として活用する取り組みである。プロジェクトを主導する波房克典氏(株式会社ワールドエッグス)は、「民話は過去を懐かしむためのものではなく、現代を生きるためのサステナビリティの哲学だ」と強調した。現在までに117作品、46都道府県の民話が映像化されており、教育や防災、地域活動など多様な場面での活用が進められている。本研究会では、こうした実践を背景に、民話を未来に残す手立てを探ることが主眼とされた。

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第1セッション「海ノ民話が伝えるナラティブとは」

第1セッションでは、久保華誉氏(日本昔話学会 委員)をchair(チェア)に、海にまつわる民話が何を伝えてきたのか、その共通する性質が検討された。

氏は冒頭、海にまつわる民話は単なる物語ではなく、人と海との付き合い方、すなわち自然と共生するための知恵や倫理を内包している点に本セッションの意義があると述べた。そのうえで、長年にわたり漁業民俗の現場調査を行ってきた川島秀一氏と、考古学・遺産学を専門とする石村智氏を迎え、議論を深めていく。

海は平等に与える

川島秀一氏(東北大学災害科学国際研究所 シニア研究員)は、日本民俗学、とりわけ漁業民俗の視点から「寄りもの」という概念を軸に発表を行った。寄りものとは、魚や貝、漂流物、さらには漂流遺体に至るまで、人の意図とは無関係に海からもたらされる存在を指す。海辺の暮らしにおいて、人々はこうした寄りものを単なる物質としてではなく、霊性や海の意志を帯びたものとして受け止めてきた。

宮城県南三陸町の民話『神割り岩』に描かれる、打ち上げられた鯨をめぐって争いながらも最終的に分け合う二つの村の姿は、その象徴的な例である。鯨に限らず、台風後に浜に寄せられる漂着物には、恵みであると同時に祟りや不幸の可能性が重ね合わされ、語られてきた。また、海に浮かぶ 正体不明の木片や流木を指す寄木(ユイキ)は海難事故で亡くなった人がしがみついていたかもしれないとして畏れられ、拾う際には儀礼的な行為を伴うこともあった。

川島氏が強調したのは、「海は平等に与える」という漁師たちの感覚である。漁は人為的に管理できるものではなく、魚が寄ってくるかどうかは海次第である。大漁は海からの授かりものとして受け止められ、近隣と分かち合われた。漁によって得た富は蓄積されにくく、使い果たされることが多かったという。これは、予期せず与えられたものを独占せず、共同体の中で循環させる倫理に基づいている。

危機もまた、個人ではなく共同体で引き受けられてきた点について、川島氏は次のように語る。「命の危険に晒された際には、仲間を呼び、共同飲食を通じて厄を払う。大漁も危機も一人で抱え込まず、皆で分かち合うことが、結果として漁獲や生活の均衡を保ってきた。」

こうした寄りものの感覚は、現代の漁師の行動規範にも受け継がれている。大漁を言葉にして予期することを避け、魚を「いただく」作法を守り、周囲と分け合うといった慣習は、海の恵みを「与えられるもの」として受け止める思想の延長線上にある。氏は、このような実践知が人と海との持続的な関係を支えてきたと結んだ。

異界の入口としての海

考古学・遺産学を専門とする石村智氏(独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 無形文化遺産部 部長)は、奄美群島をフィールドに、海にまつわる民話や祭祀、景観を手がかりに、人々が「海」と「異界」をどのように結びつけてきたのかを論じた。

ケンムンは、魚取りに長け、ガジュマルの木や海岸、集落の周縁部に出没する存在として語られる妖怪である。石村氏は、中山清美氏が行った「ケンムンの会」による目撃情報のマッピングを紹介し、ケンムンが一貫して外の世界との境界に現れることを指摘した。海辺やトンネルといった場所に加え、近年では「携帯電話から出てきた」という話まであり、デジタル世界との境界に現れるという現代的解釈は、民話が時代とともに更新されていることを示す。

さらに石村氏は、自身が行った奄美・加計呂麻島でのフィールドワークをもとに、ノロ祭祀やネリヤカナヤ(ニライカナイ)について言及した。奄美・琉球では、海の彼方に神や先祖の住まう世界があると考えられ、神は天から来て海へ帰る存在として理解されてきた。一見矛盾するこの考えは、水平線の彼方を天と海の接点と捉える世界観に基づいており、自然と霊的存在の循環を象徴している。

こうした信仰は、奄美の具体的な景観と結びついて継承されてきた。神の通り道とされるカミミチは塞がれずに守られ、祭祀に用いられた広場や森も、儀礼が行われなくなった現在まで丁寧に管理されている。たとえば、弓師岳中腹の「カミヤマ」は神を迎える場所とされ、みだりな立ち入りが禁じられてきた結果、ユネスコ世界自然遺産にも登録される豊かな生態系が今日まで残っている。

石村氏は、民話や信仰を文字情報として切り離すのではなく、それらが語られ、実践されてきた景観の中で読み解く必要性を説いた。奄美において、海とは恵みの源泉であると同時に異界とつながる境界であり、神や妖怪、先祖の記憶が行き交う場所なのだ。

循環の思想を語り継ぐ

発表後の議論では、奄美の祭祀や民話に通底する「循環」の思想と、川島氏の提示した「寄りもの」という概念との関係をめぐって意見が交わされた。石村氏は、制度化されたノロ祭祀以前には、海の向こうからもたらされる「セジ」と呼ばれる力を、人々が日常の中で感じ取る、より素朴な信仰の場が存在していた可能性に触れ、それは寄りものの感覚と近いのではないかと指摘した。これに対し川島氏は、トビウオ招きなど人が寄りものを呼び寄せる例もあるとしつつ、重要なのは意図的操作よりも、偶然訪れたものに意味を見出す姿勢だと応じた。

議論はやがて循環思想の普遍性へと広がり、日本では神が恵みと災いを併せもつ存在として捉えられてきたこと、台風さえ再生をもたらす循環の一部として理解されてきた点が確認された。一方、海外の砂漠地帯などでは、神が人間から切り離された超越的存在として捉えられ、循環の発想は必ずしも一般的ではないという発言もあった。

さらに、アイヌ文化や沖縄・竹富島の事例が紹介され、寄りものを共同体で引き受け、分かち合う実践が各地に見られることが共有された。こうした比較を踏まえ、波房氏は、浄と不浄を含めて循環として受け止める日本独自の倫理観を、昔話という語りの形式を通じて、世界に向けて提示する可能性に言及した。

これらの議論から浮かび上がったのは、循環の思想が特定の地域に閉じたものではなく、来訪するものを受け取り、共同体で引き受けるという実践を通じて、日本各地で多様に形づくられてきたという点である。そうしたあり方を民話から遺産、制度へとどう接続し、未来へ継承していくかという問いを残して、第1セッションは締めくくられた。